日記

ご主人様は絶対か?

投稿日:

初めての主従関係を結んだ時、あらゆるものが新鮮で魅力的に見えるだろう。

「主従関係」に酔いしれ、御主人様から与えられる様々なものに一喜一憂をする。憂いですら調教の一端であるように感じる。

主従関係の始まり方にもよるが、あらかじめ相手の嗜好や価値観がわかっていて、それを自分も経験してみたいと考えている場合は話がシンプルだ。期待していたものを楽しめばいい。

特にプレイ内容が特化しているもの(緊縛や露出など)は期待と実体験の乖離が少ないかもしれない。

僕の場合は、調教を経験してみたい女性からすると関係が想像し辛いだろう。多くの女性は、僕の好きに調教されたいと志願する。

僕に調教を志願する女性は「奴隷としての精神状態を満たされてみたい」と期待しているように思う。実際に僕は、何かのプレイ技術には特化していない。

女性によって調教の仕方は異なる。当たり前だが、意外と本質を理解しようとしない男性は多い。

僕は新しい女性を調教する時、その人がどんな内容で、どんな順番で、どんな言い回しで調教されたら最も興奮するかを考える。

実際に調教を行うまでのやり取り、会話の癖、性格、その人の内面に潜り込むつもりで心理を想像する。

会う前、行為中、別れた後。女性の目からその日一日がどう見えていたか。

男性が「女性によって調教内容を変化させるのは当然」と言っている場面をSNS等でよく見かける。多くの場合、それは使用する道具やプレイ内容を指す。つまり「与える」中で調整を行う場合が多い。

僕は道具云々よりもM女性の内面に興味があるので、「引き出す」行為の中で女性への対応に変化をつける。

徹底的な管理を求める女性、適度な圧迫を快楽と受け止める女性、物や道具のように扱われることを好む女性。

女性が最も開けて欲しい引き出しを探す。

「与える」行為ももちろん大切だ。それを楽しみに調教を受けている女性もいるだろう。

しかしそれ以上に、主人は奴隷を注視しなければいけない。自分を押し付けるのではなく、能動的でなければならない。

主人は奴隷が居て初めて主人足り得る。

繋いだ鎖の先にある首輪が空っぽでは、それは余りにも滑稽だ。

始まりは主人の姿・調教スタイルに奴隷が憧れる形で良いと思う。奴隷も必死に主人の型にはまろうとするだろう。はまろうとするその行為を楽しんですらいるかもしれない。

しかし関係が継続する時、主人の願望を押し付ける一方通行ではいずれ関係は破綻する。

奴隷に細かなストレスが溜まるか、男性側が飽きて奴隷を捨てるか。悲しいことに、奴隷が従順であればあるほど飽きの早い男性は多い。

綺麗事抜きの話をすれば、女性よりも男性の方が肉体的に相手への飽きは早い。女性は関係が続けば続くほど相手にハマっていくのに対して、男性は新しい刺激を求める。そのくせ、飽きたはずの奴隷が他の男性に目を向けると嫉妬し、さもその子が間違っているような論理を並べる。

僕自身そんな失敗や間違いを犯した事もあり、今は従順な子に対して驕らず、大切にしたいと考えている。これは偽らざる本音だ。

 

今回書いた引き出しの話はあくまで僕の考え方だ。

 

基本的に奴隷は「主人の求める奴隷像」になりたいと願うしそれを楽しめば良いと思う。

問題は主人が第三者的に見てとても褒められるような人物ではなかった場合、奴隷は盲目的に誤った方向に進み続けてしまうという事だ。初めての関係ゆえに、奴隷にはそれが正しいのかどうかさえわからない。

不満もなく関係を楽しめているならば良い。

しかし少しでも違和感を感じる部分があれば、一度関係を客観視してみよう。

 

↓調教に興味のある女性はこちらよりお問い合わせ下さい。

調教希望

↓クリックをお願い致します。

アダルトブログランキング

-日記

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

祈りと幸福

調教を受けると世界は変わる。大層な話だが、そう的外れでもない。   ほとんどの人は成人を迎える時点で、自分なりの物差しを持っている。 常識を理解しているし、常識が果たす役割も知っている。大抵 …

no image

Rain

  僕が主従関係を結んだ女性に伝えることを書きたいと思う。   奴隷の世界は主人によって造られる。 これは決して過言ではなく、すべてを委ねることができるご主人様を見つけたM女には理 …

no image

イン・ザ・ダーク(アヤ 23歳 )②

  イン・ザ・ダーク(アヤ 23歳 )① 口説きの文句は割愛したい。 ただ僕は、正直に思った事をアヤに伝えた。 アヤの肉体を縛りたいこと、アヤの肉体を征服したいこと、アヤを支配したいこと。 …

価値観の多様化と学生

  先日、大学時代の恩師と再会した。 たまたま大学に行く用事ができ、実に九年振りの再会であった。 恩師といっても僕はその教授のゼミに属した訳でも、特別な親交があった訳でもない。 僕が好んで先 …

no image

氷と電球

  手間のかかることが好きだ。 仕事の時には、時間をかけて作業をすることは好まない。かかった時間や生じた疲労は気持ちの良いものであるが、多くの場合それは自己満足だ。 苦労に対しての成果物がそ …