心象スケッチ・小説

いつかまた、萩の季節に

liebeseele(リーベゼーレ)

ある時、雨の日に海を眺めていた。

海に還っていく雨を眺めていると、一時的な感情はいつかきっと海に落ちた雨粒のように曖昧になってしまうのかもしれないと感じる。

海に広がってしまった雨粒を正しくすくい上げられる人はいない。

それでも、人は目の前の感情に正しく折り合いをつけたいと思う。

賢い人ほど納得をしたがる。納得する事が賢さではないのに。

 

「季節の匂い」というものがあると思う。

僕が子どもの頃に比べ夏はずっと暑くなってしまったし、四季の変化は幾分曖昧になって来ているのかもしれない。

それでも季節が変わる度に服の厚さは変わるし、その季節に起きた出来事を思い出す。

 

橙色に照らされた表情。

額に張り付いた前髪。

鼻の奥をくすぐる香り。

汗のしずく。

 

不思議なことに、夏の思い出は他の季節に比べずっと人間らしい。

汗が滴り、匂いがあり、いつも些細な間違いを犯す。

 

僕らはとても単純に出来ている。

新しい傘を買えば雨が恋しくなるし、新しい靴を買えば出かけたくなる。

そんなシンプルな我々にとって、出逢いであるとか別れといったものは少しばかり複雑過ぎるのかもしれない。

最初の出会いが偶然である以上、別れるその瞬間まで関係は偶然であったと言える。

そんな不文律に抵抗するかのように、男女は関係を「必然」という言葉に置き換えてみたりする。

 

感情が振れ、自分とは違った体温に触れる喜び。

それらを噛み締めるには手のひらは小さすぎる。

些細な言葉への怒りや憎しみ、別離する事の喪失感。

それらを受け止めるには胸は小さすぎる。

 

すべてが日々新しくなっていく。

爪は押し出され、皮膚は剥がれる。

葉は落ちて、腐って土を養う。

 

明日、必ずしも同じ相手を抱き締められる訳ではない。

大きさの違う手のひらを握り返してくれる訳ではない。

いつまでも、自分の思うように相手を大切にできる訳はなく。

 

一瞬でも、その人の人生のやわらかな部分に触れた時間。

他の人には見せたことがない表情を、きっと何度も思い出すのだろう。

朝も夜も、明後日だってきっと。

 

白夜に手を振って

消滅

酸素の薄い朝

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