日記

戻れなくなっていく快楽

 

関係を持ったパートナー・奴隷をどのように調教していくかというのは主の趣味嗜好が色濃く現れる。

「主従関係は2人で作っていくもの」という側面も事実だが、女性によっては自分の意思よりもとにかく主の色に染まりたいといったタイプの女性も存在する。

どんな調教や関係を望むかはそれぞれであって、どの考え方が素晴らしいとか見本だとかいったものが参考になりにくいのが実情である。

例えば世界で最も正しいとされている主従関係の教科書が存在したとして、その内容が自分の願望に沿わなければ教科書はあくまで一参考でしかない。

そういった状況が起きる確率が極めて高い世界だと思う。

それほどに人々、男女が「主従関係」「調教」に対して思い描く姿は万別である。

今回は主従関係、とくに調教における僕の考え方について書いてみたい。

いつにも増して個人的な価値観のお話である。

 

僕は多頭飼いで常に複数の女性を調教しているが、楽しく関係を続けてくれている彼女たちは当ブログを通して知った僕の調教スタイルがマッチし、また実際のやり取りの中で人間性も含め楽しんでくれているゆえに関係が続いているのだと思う。

僕は問い合わせを頂いた全員と良い関係を築ける訳ではない。

会う前のやり取りの時点でこの女性の主には自分は向かないと感じ、関係をお断りすることもある。

「M女のための調教ブログ」には一部刺激的な内容の調教も掲載されているが、彼女たちが最初からそんな姿になることを望んでいた訳ではない。

僕が調教の中でテーマにしている事の一つとして、奴隷となった女性の価値観を書き換えていくというものがある。

 

日常で管理する側である女性に服従する快楽を刷り込み

有能な女性の無能を楽しみ

高い思考力を持った女性に頭が働かなくなる幸福感を与え

まっさらな学生に不可逆の変態性を教え込む。

 

そういった事を繰り返していると、上品な女性が下品な行為に発情するようになる。

最も自分が軽蔑していた同性の姿を実体験し、興奮するように変わっていく。

勘違いをして欲しくはないが、僕は品のない女性が苦手だ。

女性が「こんな姿で興奮したくなかった」と屈辱を感じながら発情している姿が好みなのだ。

例えば掲載する写真の中には従者がガニ股のポーズをしているものがあるが、僕は特別あの姿が好きな訳ではない。

その女性が自分の興奮対象の変化を感じられる一例としてあのようなポーズを命じている。

 

羞恥、屈辱調教に対しての見極めというのは実はとても繊細な作業である。

足りなければ興奮はしないし、過ぎれば一気に女性は調教が怖くなる。その女性が最も性的興奮を得る限界を見定めなければならない。

自分が変わってしまうことを恐れる女性はとても多い。

自分の中にマゾやサブミッシブの素質を感じていて、一度踏み込んでしまうと戻れなくなる事が未経験ながら理解できているのだ。

調教希望の問い合わせを頂く時は、この変化してしまう事への葛藤を乗り越えた瞬間なのだと思う。

 

裸の方がマシな格好を強制されたり、目の前で排泄を命じられたり、軽蔑していたことが快楽になるようにその女性を作り変えていく。

ただただ下品にならないよう、時には女性としての美しさが最も際立つような調教も行う。

引き立てられること、蔑まれること。

そういった事を繰り返していると、脳はバグのように快楽を得る対象を間違えるようになる。

そうして、好みの奴隷が出来上がっていく。

 

触れる相手を間違えると、主従体験はとても苦いものになってしまう。

自分が望んでいる世界を与えてくれる相手か。

その人の世界に染まりたいか。

見誤らないようによく注意をしてみるといい。

 

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