日記

ただのセックス

直近は文筆の作業がとても多く、なかなか記事を書く時間が取れない。

気分転換的に短く更新をしたい。文章も整わないかもしれない。

 

従者に調教を行う時、僕は肉体的にハードな調教を選ばない。

そういった嗜好ではないし、肉体よりも精神的な調教に重きをおいているからだ。

 

「精神的な主従関係を求める」と表明する男性は多い。しかし内容を拝見していると、女性側が自分へ依存する事を求めている事が欲求の実態であるように感じる事が多い。

主従関係において依存(ないしは共依存)は心地の良いものであるから、その心地良さは間違いなく主従関係の魅力の一つだろう。

 

僕は調教をするにあたり最初から依存するかしないかはあまり論点とは考えておらず、精神を調教する事に喜びを感じる。依存は結果論でしかないし、結果的にそうなれば幸福だとは思う。

正確にはその女性の精神状態に変化が見えること(成長とも言えるかもしれない)に主従関係を感じるのだ。

肉体的な調教は(少なくとも僕にとっては)二次的なものでしかなく、精神的な調教を行う表現の手段でしかない。

 

これは依存と近似していながらも非なるものであると思う。

 

例えば30歳、素敵な恋人がおり、スタイルも良く、顔も褒められて育ってきた女性がいたとしよう。30歳といえば精神も成熟しているから、善悪であるとか、取捨をする物差しはっきりしているだろう。

そんな素敵な女性が奴隷になる事を希望して来たら、多くの男性は自分の中にある譲れなかったはずのいくつかの価値観を譲歩し、関係を持つ事を受け入れるかもしれない。

M女として依存されれば男性としては一定の心地良さを感じるだろう。もちろんその女性が素敵でM女として従順であれば、僕も可愛らしくは感じるかもしれない。

しかしその女性に精神的な成長が見られないのであれば、それをそのまま受け入れてしまう事を僕は望まない。何よりサブミッシブとして服従することを望んできた女性に対し、美しいパッケージを無条件にそのまま受け入れてしまうことは失礼以外の何物でもない。

その女性の中のサブミッシブは普遍的な愛情を求めて僕のところへ来た訳ではないし、ただのセックスをするのならそれこそ僕じゃなくても良いだろう。

 

拒否をする。否定をする。辱める。屈辱を与える。犯す。

 

サブミッシブの女性はドミナントの相手を求める時、相手がドミナントであることを注意深く見つめなければならない。

 

尊かったはずのサブミッシブ性が、ただのセックス相手になってしまってはつまらないだろう。

 

 

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