注意喚起

相反する主従関係

liebeseele(リーベゼーレ)

 

今回の記事は相反する内容について書く。どちらも正しく、どちらも異常だ。

 

このブログには多くの女性からの問い合わせを頂く。「奴隷になりたい」「調教を経験してみたい」というものから、現在進行形で主従を結んでいるご主人様との関係について相談を受けることもある。

この世界は問題の根底までを誰かに相談できる機会が少ない。

普段SNSで懇意にしている同性に対しても、ご主人様への不満や疑いを相談することは難しい。なぜならSNSにおいては基本的には「自分のご主人様はこんなに素敵だ」ということを発信してきたし発信を続けたいのが本心だろう。

多くの場合、関係の破綻が見えた段階で鬱のような発信・ツイートが始まる。ずっと慕ってきたご主人様を否定したくない気持ちは従者として本当に立派だと思う。

僕に相談が来た時点では、すでに修復不可能な程に手遅れになってしまっている女性も多い。修復不可能というのは、直ちに関係を断った方が良いという場合とこちらがどれだけ説得してもご主人様は正しいと洗脳されきっている場合だ。

どちらも第三者的に見ればご主人様の言動は不誠実で一貫した信念もない。思いつきの命令を従者に与え、従者はご主人様に好かれるために必死になって無理な命令を聞こうとする。

中には精神を病むようなものや、身体に跡が残るようなものもある。

鳥が殻を破って初めて見たものを親と思い込むように、真面目な女性ほどこのご主人様以外に隷属するのは不誠実だ、奴隷として失格だと思い込み必死にご主人様の気まぐれの命令に応えようとする。

残念だがそういった男性の場合、命令に大きな意味はない。従者が信じているほどの深い意味はない。

その男性が好きになってしまいその男性の望みを達成することが悦びなのはわかる。しかし多くの場合、つまらない男性の支配欲を満たすだけの行動になってしまっている。

 

ここから相反する話をする。

 

主従関係には、「二人の中での正しさ」というものも存在する。それは周囲の評価や反応は関係なく、二人の中でのみ正しくあればいい。それが主従関係における一番の楽しみでさえある。

SM・DS嗜好のある人でさえ目を背けたくなるようなプレイを嬉々として行う関係もある。例としてはスカトロや流血を伴うような行為がある。

何によって、何をもって精神が満たされるかは人それぞれだ。

先述した内容と比較したい。どちらも第三者的には一歩引いてしまうような関係でありながら、善と悪のように分かれる。結論としては受け手が幸福ならば良いのかもしれないが、不幸の中で笑っている奴隷もいる。

この見極めは難しく、初心者M女は本当に酷い男性に溺れることがある。そういった女性は奴隷としての資質が素晴らしいので、見ていて余計に不憫な気持ちになる。素敵な男性に出会っていたならきっと、と思う場面は何度もあった。

初めてのご主人様と関係を結ぶ時、判断の指標がないので性的欲求と僅かな勇気でこの世界に飛び込むこともあるだろう。

身を守りながら相手を探すことが難しい世界なので、男女ともに常にリスクがある。

しかし関係を結ぶことが目的ではなく継続すること、自分が依存する可能性があることを理解しながら相手を探してみよう。

そして関係を持っているパートナーに対して疑念が湧いたのであれば、多少なりとも僕を信用している前提にはなるが一度当ブログから相談をしてみて欲しい。僕から奴隷になるように誘うことはないし、公平な目で助言ができればと思う。

閉じた世界を楽しむことは素敵だが、悩みまで閉じ込めることはない。

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主従関係における、二人の中での正しさ

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