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短編調教小説「いつもの風景」

 

床に額を着ける時、いわゆる土下座の姿勢は多くの場合謝罪の中の一過程として用いられる。しかし恭子が謝罪の為にこの姿勢を取ったことは殆どなく、その多くが優一との「事」が始まる時の儀式的なものであった。

「本日も宜しくお願い致します」

調教が始まる前の、日常的な自分を脱ぎ捨てるための最終的な動作。椅子に腰かける優一に対する、最大限の敬意である。

むしろ恭子にとって土下座は歓喜の所作であるといえた。

頭を上げ、優一の右足を取る。靴下をゆっくりと脱がし、すっかり慣れた汗の匂いに鼻腔を刺激されながら、親指を口に含む。

親指、人差指、中指、薬指、小指。それぞれの指の間、足の裏、甲、足首、脛、膝、太もも、股間は飛ばして腹部、乳首、腋、首筋、唇。

恭子が一番好きな舐め方であり、初めての時に優一に教えられた順番だ。三年の間に、呼吸をするのと同じくらい当たり前になったような気がした。

セックス中の順番に意味があることなど、それまでの恭子には考えたこともなかった。舐め方だけではない、優一は恭子のひとつひとつに意味を与え、意味を説いた。優一は何事においても、整ったものが好みであった。

それでも、キスの時間だけはいたずらに長くなってしまう。

「次に進みなさい」

優一は薄い笑顔を浮かべながら優しく促す。

恭子は物足りなさを感じながらも、優一の股間に顔を埋める。陰茎の根元に手を添え、口の中を唾液で潤す。

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「調教には飽きないか」

すべてが終わりシャワーを浴びた後、不意に優一が言った。

「どういう意味でしょうか?」

様々な可能性が頭をよぎり、恭子のまわりの酸素が薄くなる。

「そのままの意味だ」

恭子の頭に最悪の結末が浮かぶ。それに気づかない振りをしたい気持ちもあるが、優一は理解の遅い女が嫌いなことは知っている。

「御主人様、私に飽きましたか……?」

捨てられる。その言葉が頭の中で反響し続ける。抑えなければ、次の優一の言葉すら聞こえない。

「勘違いをするな。恭子は今まで一度も反抗することなく、私の命令に従ってきた。何も不満はない、ただ……」

次の言葉が恐ろしく、耳を塞ぎたくなる。

「不満や要望がなさ過ぎて、私も不安だ。好きで調教を受けている訳ではなく、ただ単に恐怖で逃げられなくなっているんじゃないかと」

優一が視線を向けたグラスの中で、溶解した氷がカランと音を立てて崩れる。

優一も恭子も真顔になる。恐ろしく長い数秒が、先ほどまで甘美な声で満たされていたホテルの一室を支配する。

「私は」

恭子は冷静なトーンで声を出した。

「私は御主人様としての優一様が好きです。ただ、優一様の人間らしさに触れてみたい気持ちがあります。御主人様は完璧過ぎます」

再び、沈黙が訪れる。

優一は椅子に腰掛け、ホテルに置かれていたマッチを使いタバコに火を点けた。

「これを命令と取るか、願いとして受け取るかはお前に任せるが」

優一は、強い意味を含ませる時には恭子ではなく「お前」と言った。

「一生、私の足元にいなさい」

先ほどまで別の意味で堪えていた涙が、二度と乾かない程に恭子の頬を濡らした。

 

 

 

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