心象スケッチ・小説

SM短編調教小説「彼女の喪失」

liebeseele(リーベゼーレ)

優紀子が二人いると知ったのは、関係が始まってから4ヶ月目の事だった。

拘束され、醜い形をした玩具で責められている時の優紀子は淫靡な表情を浮かべる。男心をくすぐるその表情は、僕でなくても優紀子がマゾだと見抜くのは難しくないだろう。

しかし、二人で食事をしている時や情事が終わった後のふとした瞬間、優紀子はゾッとするほど冷たい顔をする。

その度に僕は、目の前の優紀子がマネキンのようにひどく硬質的なものに思えた。眼を見開いて優紀子を改めているうちに、優紀子はいつもの人懐っこい笑顔を浮かべる。

「どうしたの?」

不思議そうに僕の顔を見る優紀子に、僕は自分の考えていることが恥ずかしくなりいつも曖昧に笑ってその場を誤魔化した。

 

優紀子が二人いると気づく瞬間は唐突に訪れた。

 

いつものようにホテルで優紀子を縛り、唇を重ねようとした時のことだ。

「縄を解いて」

聞いたことがない声が優紀子から発せられる。優紀子の中から別の人間が声を出しているような恐怖がそこにはあった。

「どうしたの?縄がきつい?」

言いながら、自分は激しく見当違いなことを言っているんだろうと感じる。

縛る直前の、自分に甘える優紀子とは異質なモノが目の前にある。冷たい視線をこちらに向ける「彼女」は、急かす訳でもなく僕が縄を解くのを待った。

縄を解き終えると、「彼女」は少しだけ眼を穏やかにして口を開いた。

「ごめんなさい。タイミング悪く私が出てきてしまったわ」

そこから「彼女」は、慣れたように僕に説明を始めた。

 

優紀子が多重人格であること。

本来の人格が今話している「彼女」であること。

父親から性的な暴力を受けていて、その精神的ショックを緩和する為に生まれた人格が優紀子であること。

 

正確に言えば、「優紀子が二人いる」訳ではなく「優紀子を含めて二人いる」のだ。

父親は嫌がる「彼女」を縛りつけて折檻を繰り返していたが、精神が崩壊しかけた時に優紀子が現れたという。

優紀子は嬉々として父親の折檻を受け入れ、その反動で家庭の外にも自分を加虐してくれる男性を求めた。

「君は、優紀子でない君には本来の名前があるのかい?」

いきなり突きつけられた多重人格をすんなりと受け入れた訳ではない。優紀子にからかわれているのかもしれないし、今も吹き出しそうになるのを堪えているのかもしれない。

ただ恐らく、「彼女」が今話していることは事実だった。目の前で入れ替わってしまった優紀子は、声も表情も肌の質さえも別物であった。

「もちろんちゃんとした名前があるわ。ただ、それはあなたには関係ない」

話せば話すほど、目の前の女性は優紀子ではない事がわかった。

「私には被虐嗜好はないし、嫌悪感さえある。今も黙って耐えようかと思ったんだけど、返ってあなたを傷つけてしまいそうだったから止めさせてもらったわ」

 

唐突に事実を突きつけられた後も、僕らは定期的に逢瀬を重ねた。

 

何度も「彼女」と優紀子と会う中で気づいた事がある。

「彼女」は多重人格を十分理解していて優紀子の話もする。優紀子は「彼女」の話を一切しない。

優紀子と会っている時に「彼女」が出てくることは度々あったが、「彼女」が出ている時にすっぽり抜けているはずの意識についてパニックを起こさないところを見ると、記憶の共有のようなものはしているのだろう。

「優紀子が私の中に生まれた時、パキッて乾いた音が響いたわ。まるで卵が孵ったように」

「彼女」は相変わらず、表情も崩さずに淡々と話をした。

 

 

優紀子が多重人格ということがわかってから更に三カ月の月日が流れた。

この頃、不思議なことが起きていた。

僕に身も心も許した優紀子を調教している時よりも、マネキンのような「彼女」と話をしている時に僕の気分は高揚していたのだ。

「彼女」は自分の情報を何も教えようとはしなかった。優紀子は自分が多重人格だとわかっていないように思えたので、「彼女」の情報を聞くことは出来ない。

自分にまったく心を開かない「彼女」への焦りやストレスをぶつけるかのように、僕は優紀子を加虐し続けた。

見た目が同じはずの優紀子をどれだけ痛めつけても、僕の欲求が満たされることはなかった。

同じ顔をしている一方を支配し、同じ顔をしている一方には近づくことすら出来ない。

「彼女」は僕にはまったく興味を抱かず、思いがけずに出てきてしまった時の雑談相手としか捉えていなかったのだと思う。

SMも調教も関係なく、次第に僕は「彼女」に心を奪われていた。

ある日、優紀子とホテルで会っている時に「彼女」が現れた。「彼女」に近づけないジレンマに苛まれていた僕はずっと溜めていた思いを吐き出し、「彼女」への好意を伝えた。

五分ほど、熱を込めて僕は論じた。自分でもなぜこんなに「彼女」に執着しているのかわからなかった。

僕の一方的な話が終わると、スイッチが切れたように「彼女」はうなだれた。一分、二分、「彼女」は息をする事を止めたかのように静かに頭を垂らす。

突然頭をあげると、慌てる僕を気にも留めずに荷物をまとめてホテルから出て行った。

呆気にとられた僕は、情けない裸の格好のまま「彼女」が出て行ったドアを眺めていた。

 

 

 

そこから数日、何となく予想していた通り優紀子とは連絡が取れなくなった。

優紀子と「彼女」のことが気になり、毎日つまらない事にイライラしている。

すっかり日が暮れた外を見ながらアパートの窓際に座り、煙草を燻らせる。その時テーブルに置いてあったスマートフォンが振動し、ディスプレイには優紀子の名前が表示されていた。

「もしもし」

優紀子か「彼女」かわからないまま、僕は電話の通話ボタンを押す。

「連絡が取れないから心配してたよ」

僕は必死に動揺を隠した。

「優紀子は自殺したわ」

電話越しの「彼女」が何を言っているのか理解ができなかった。

「自殺?どういうこと?君は優紀子ではないってこと?」

ただただ狼狽し、質問を続けた。

「優紀子の人格は死んでしまったわ。死んでしまったものは帰って来ない」

言葉を失う僕に、「彼女」は続ける。

「優紀子はあなたに好意があったみたいね。それが裏切られた時、優紀子は死を選んだ」

裏切りとは、僕が「彼女」に好意を伝えたことを指すのだろう。

「人格が自殺なんてするの?」

僕は今、どれだけ情けない顔をしているのだろう。

「死を選ぶのはいつだって精神よ。普通は1つの精神に1つの肉体しかないから分かりやすく死ぬだけで。多重人格であれば特定の人格が死ぬことだってある」

電話の向こうの相手が話していることは真実なのか、現実離れし過ぎてまったく実感がない。

「優紀子が愛したあなたにこの事実を伝えたかった。あと、あなたが一人の人間を終わらせたという事も」

「彼女」は淡々と僕の責任を説いた。僕はそれを、どこか遠い国の戦争のように無責任に悲しんだ。

電話を切り、すっかり暗くなった外を見る。

ぼうっと外を眺めるが、僕は自分が思っている以上にストレスを感じているのかもしれない。

もう二度と会えなくなってしまった優紀子の事を考えると、意識を失いそうになるほどに頭が熱を帯びた。

薄れゆく意識の中、どこか遠くでパキッと卵が孵るような音が聞こえた。

 

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